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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)2139号 判決

控訴人 横山ミユキ

〈ほか三名〉

右四名訴訟代理人弁護士 児島惟富

被控訴人 株式会社コックドールフーズ

右代表者代表取締役 伊藤佐太郎

右訴訟代理人弁護士 藤平国数

同 山口博

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

一  控訴代理人は「(一)原判決を取り消す。(二)被控訴人は控訴人横山ミユキに対し金八〇八万〇三三一円及びうち金七三五万〇三三一円に対する昭和四八年四月七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。(三)被控訴人は控訴人横山好美、同横山勉、同横山勇司に対しそれぞれ金五五六万六、七二三円及びうち金五〇六万六、七三三円に対する昭和四八年四月七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。(四)訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

二  当事者双方の事実上の主張及び証拠の関係は控訴代理人において次のとおり主張を補足し、甲第五号証、第六号証の一、二、第七号証、第八号証の一ないし三、第九号証を提出し、当審における証人小松原進の証言を援用し、被控訴代理人において右甲号各証の成立を認めると述べたほかは原判決事実摘示のとおり(ただし、原判決七枚目表九行目中「金五〇万金」とあるのを「金五〇万円」と訂正する。)であるからここにこれを引用する。

控訴人らの補足した主張

(一)  本件事故の発生状況は次のとおりである。横山恒好は原動機付自転車(以下控訴人車という。)を運転して県道佐原我孫子線(以下本件道路という。)を印西町方面から柏市方面に向い北進車線の道路中心寄りを進行し、本件事故現場附近の我孫子市中峠一五一四番地附近にさしかかった際、対向して走行してきた訴外小松原進運転の普通貨物自動車(以下被控訴人車という。)が本件道路のセンターラインを大きく越えて接近するのを見てハンドルを左に切り左側に逃げようとした。一方、小松原運転の被控訴人車は時速八〇キロメートル以上の速度で本件道路を柏市方面から印西町方面に向かって南進してきたが、本件事故現場附近の北方のカーブ手前で軽くブレーキを踏み、時速七〇キロメートル以上の高速でこのカーブを旋回し、センターラインを大きく越えたが、そのままその車線(北進車線)内を走行した。そうして、小松原は走行中に、北進(対向)する控訴人車を発見して直ちに急制動をかけたが、別紙図面(甲第五号証の実況見分調書添付の図面と同じもの。以下単に図面という。)記載のの地点より北方へ二〇ないし三〇メートルへだてた北進車線内の地点で控訴人車と衝突し、自車の右前部と控訴人車の前部を接触させた。その衝撃で、恒好の上半身がのび上り、同人の頭部及び顔面が被控訴人車の前部右側フロントガラスと激突してこれを破損し、被控訴人車は更に恒好もろとも控訴人車の右側面を自車の前面で押して行き、衝突直後に左に切ったハンドルがきいて左方へ車が旋回し出したときに恒好と控訴人車をはね飛ばし、自車の左前輪を道路の東側の外に落してようやく停止した。以上が本件事故の状況である。

(二)  右の事実は次のような諸事実により裏づけることができる。

1  破砕した被控訴人車のフロントガラスが図面・地点に落下していた。このフロントガラスは恒好の頭部、顔面が激突したことにより破砕したものであるが、被控訴人車のフロントガラスは地上一メートル余の位置にあり、かつこの車は高速で走っていたから、破損したガラスの破片は物体の慣性に従いまっすぐ前方に飛び、それも二〇ないし三〇メートルの巨離は優に飛ぶと考えなければならない。従って地点に被控訴人車のフロントガラスの破片が落下していたことから考えれば、両車輛の衝突地点は前記のように北進車線内で地点を起点としてセンターラインに沿って平行線を引いた線上で同地点から北方へ二〇ないし三〇メートルをへだてた地点であり、図面記載の×の地点でないことが明らかである。

地点に落下したガラス破片は被控訴人車が左側前輪を道路下に落して停止した際にショックで、残っていたフロントガラスの残部が破損して同地点に落下したものである。

2  図面地点に恒好のものと思われる血痕があり、同地点に恒好の左靴が落ちていた。また控訴人車は図面地点に転倒していた。これらの地点はいずれも北進車線内にあるが、このことは両車輛の衝突地点が北進車線内であったことを裏づけるものである。

3  被控訴人車が衝突直前ハンドルを左に切ったことは明らかであるが、図面記載の被控訴人車のスリップ痕、停止位置は真実のものと異なる記載である。すなわち、被控訴人車の前部左車輪は停止時に道路の外に落ちたが、そのときの同車輛の道路との位置関係から考えれば、図面記載のスリップ痕よりも更に左に急旋回していたはずである。

4  本件衝突事故の直後行われた警察官の実況見分の際に小松原が述べた指示説明は措信できない。すなわち、同人は「時速五〇キロメートルで走行してきて、図面の地点で軽くブレーキを踏み、地点で急ブレーキを踏み、地点で停止した」というが、地点と地点の巨離は二七・五メートルであるから、急ブレーキを踏んで車が停止するまでの制動巨離の平均的数値から考えれば、被控訴人車の速度は少くとも地点で時速六〇キロメートル以上、の地点では少くとも時速七〇キロメートル以上出ていたこととなる。また小松原がいうように本件衝突地点が図面の×地点であるとすれば、前記1・2で述べた物的証拠と著しく矛盾することとなる。同人は当時業務上過失致死という刑事事件に直面してその責任を逃れなければならない立場に置かれていた。これらの事情によれば、実況見分時における同人の指示説明ないし供述は措信し得るものではない。

理由

一  原判決事実摘示の請求原因一・(1)ないし(4)の事実(ただし、原判決二枚目裏一一行目中「被告車」とあるのを「被控訴人車」と、同三枚目表一行目中「原告車」とあるのを「控訴人車」とそれぞれ改める。)及び本件道路の右(2)掲記の場所で控訴人車と被控訴人車が衝突し(これを本件事故ともいう。)、恒好が死亡したこと、被控訴人が被控訴人車を所有し、運行の用に供していたことは当事者間に争いがない。

二  よって、被控訴人の免責の抗弁につき考える。

(一)  本件事故の現場附近の状況は原判決認定のとおりであって、原判決の理由中次の記載を、その末尾に続けて「以上の現場附近の状況は別紙図面のとおりである。」という記載を加えてここに引用する。

原判決八枚目裏四行目中「成立に争いのない乙第一号証」以下同九枚目表八行目まで。

(二)  ≪証拠省略≫をあわせれば、(い)本件事故直後行われた警察官の実況見分の際に本件事故現場附近の本件道路には、センターラインの東側南進車線内の図面イ点からロ点までとハ点からニ点までにわたり図面記載のような形状で二条のスリップ痕が印せられ、被控訴人車が図面の位置に車体を左斜めに向けて停止していたこと、イ・ロの各点の巨離は一一・九メートル、ハ・ニ各点の巨離は一三メートルあったこと、(ろ)図面地点に控訴人車と恒好が倒れ、点に血痕、点に皮靴があり、点と点にフロントガラスの破片が散らばっていたこと、(は)本件事故現場附近の本件道路には被控訴人車の右スリップ痕のほかに控訴人車のものと思われるスリップ痕はなく、控訴人車はハンドル、前輪車体にかけて右前部が凹状に破損し、被控訴人車は右前部が破損し、かつ同車の右前部ラジエーターグリルに一〇センチメートルほどの恒好のものと思われる右腿骨がささっていたことが認められる。右(い)、(は)の各事実に≪証拠省略≫をあわせれば、被控訴人車は時速約五〇キロメートルで南進し、本件事故現場の手まえ(北方)のゆるやかなカーブを曲がって図面の地点に達したとき、対向して北進車線内のセンターライン寄りを進行して来る控訴人車を発見したので、軽くブレーキを踏んでやや減速して進行したこと、そして被控訴人車が約一五メートル進んで図面の地点に達したとき小松原は控訴人車が減速もしないで南進車線内に入り込んで来るように感じたので、ここで急制動をかけ、同時に左方へハンドルを切ったが、まに合わず、図面×地点附近において被控訴人車の右前部と控訴人車の右前部とが衝突したこと、この事故は恒好が飲酒して控訴人車を運転し、南進車線内でセンターラインから約一メートル東側を進行する被控訴人車に対し控訴人車が右×地点附近において突き込んだために起ったものと認めざるを得ない。当審における証人小松原進の証言中「同人は軽くブレーキを踏むまで六〇キロ位いで走行した」旨の供述は時日の経過による記憶違いと認めることができ、この供述は、その余の前掲証拠に照らして採用できない。前記(ろ)で認定したように、図面地点に被控訴人車のフロントガラスの破片があり、その他血痕、控訴人車の車体、恒好の死体等がいずれも北進線車線内にあったことが認められるが、衝突時に破砕されたフロントガラスの飛散する方向はこのガラスに加えられた物体の力の方向、角度により異なると考えられるから、右地点にフロントガラス片が存在することは右認定を左右するに足りないし、その他右掲記の物がいずれも北進車線内にあったことも右認定を動かすに足りない。その他に右認定を妨げる証拠はない。

(三)  右認定事実に基づけば、本件事故は恒好の過失により生じたものであり、被控訴人車を運転していた小松原には事故回避の措置を怠ったものとして責められるべき点はないといわざるを得ない。

もっとも、被控訴人車が前記速度よりもはるかに減速していたとすれば、本件事故は回避できたかもしれないと考えられるが、本件事故発生時の本件道路の制限速度は時速五〇キロメートルであったことが、≪証拠省略≫により認めることができ、湖北団地に通ずる道路との交差点に設置されていた黄色の点滅信号は当時施行の道路交通法施行令第二条によれば、車両等に対し他の交通に注意して進行すべきことを指示するにとどまるものであり、その際右交差点内において何らか減速をすべき事由が存したことはこれを認むべきものがないから、被控訴人車が制限速度ぎりぎりの速度で進行し、控訴人車を認めてわずかに減速したにとどまり、衝突の危険を感ずるまでそのままの速度で同交差点を通過しようとした点に過失をいうことはできない。

そして、≪証拠省略≫に徴すれば、被控訴人車には本件事故の発生に関し構造上の欠陥、機能上の障害のなかったことを認めることができる。

従って、被控訴人は自動車損害賠償保障法第三条但し書により本件事故による損害賠償責任をおわせるべきでないといわなければならない。

三  そうすると、控訴人らの本訴請求はその余の事実につき判断するまでもなく理由のないことが明らかであり、これと同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がない。

よって、民訴法第三八四条により本件控訴をいずれも棄却することとし、控訴費用の負担につき同法第九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松永信和 裁判官 間中彦次 糟谷忠男)

〈以下省略〉

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